2009年02月27日

至誠館で決まり(萩市松陰神社の宝物殿)

「至誠館」。萩市の松陰神社の宝物殿の愛称(オープン予定は今年10月)が決まったようです。
Yahoo ニュース 2月27日
10月開館の松陰神社宝物殿 愛称「至誠館」と決定 萩市
萩市椿東の松陰神社に今年10月オープン予定の宝物殿の愛称が、公募の結果「至誠館」に決まった。「至誠」は孟子の言葉をもとに、松陰が生涯を通して貫いた行動理念。(以下略)

「至誠」の意味は、「誠実な心は人を必ず動かすという」ということだそうです。孟子の「至誠にして動かざる者未だあらざるなり」に由来するそうで、なかなか含蓄がある言葉です。
ちなみに、わたくしは既に萩市で販売されている「至誠」の色紙を持っています(笑)
  

Posted by 萩長州サイコウ at 18:28Comments(0)TrackBack(0)志士による萩長州式プロモ

2008年11月29日

桂小五郎のサイン。千葉県佐倉にて発見

萩のプロモに志士も一役。
桂小五郎の足跡が千葉県佐倉市で発見されたんだface08

Yahoo ニュース 11月29日
桂小五郎、修業の“足跡”…記名の「宿帳」佐倉で初公開

剣豪として知られる桂小五郎(木戸孝允)が青年時代に剣術修業で佐倉藩を訪れた際の宿帳が、千葉県の佐倉市立美術館で、12月2日から初公開される。
 武芸を奨励する佐倉藩には、他流試合を望む志士が各地から続々と訪れていた。公開されるのは志士の宿屋だった「油屋」の宿帳で、日付は安政5年(1858年)7月11日、桂は当時20代半ば。後に伊藤博文らと密航留学する山尾庸三と桂の名が記されている。

(桂小五郎と山尾庸三のサイン入り宿帳の画像があるよ)

桂小五郎…平成の世になっても萩長州のプロモを忘れていない。凄いことである。現代人の我々も素晴らしい萩長州をプロモし続けなければならない!モチベーションアップだねface02

余談ですが、私は茨城に10年近く修行に行っとりました。でっ、水戸周辺にはまだ天狗党を信奉する連中がおるんです。
私は石見人なのによーいじめられたもんじゃったicon47
その点、千葉県佐倉藩は懐が深いノウ…  

Posted by 萩長州サイコウ at 14:38Comments(0)TrackBack(0)志士による萩長州式プロモ